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西郷どんのドラマが始まって

仙巌園からの桜島

楽しんでる一方、やっぱりというか、薩長を描くドラマをやるとそれが気にくわないのか薩摩下げのいちゃもんを目にすることも多く悲しくなります。会津観光史学系とか安倍首相(山口・長州なので)が嫌いな人も多い印象。
適当に調べてみました。

・肝練り(火縄銃を吊るしたロシアンルーレット): 真偽不明、明名書房的な元ネタ(単なる度胸試し的な言葉)が伝聞を重ねて脚色され真実のように伝わり、現代漫画で描かれブレイク。 火縄銃を自動で打てるように出来るのか?という疑問と、仮に出来たとしても普通に労働力として必要とされてる命を捨てるようなことをするのか?という疑問が出ますね。(薩摩の武士は半農半士的な要素も強く一人一人が重要な労働力)

・おっとい嫁じょ(無理矢理寝とって嫁にする習慣): ねーよ( ´Д`) 「お前の嫁を寄こせ」「嫁は渡さん!」という、男が自分の嫁を守るという一種の掛け合いが伝統としてあった地域で、レイプ犯罪を起こした人間が自己弁護のため「この地域では略奪婚が伝統としてあったんだから問題ない」と仲間を集めて言い訳したことが元ネタ。それを記事にした新聞と訳知り顔をした民俗学者が採り上げたことからいつの間にか鹿児島にそんな酷い風習があったことに。
(※地元の方から情報を頂きました。ありがとうございます。検索で来た方のためにこちらにも記載しておきたいと思います。
――旧正月ごろ子供達が棒切れ持って新婚夫婦の家に行き、決められたセリフを言い合って食べ物とか土産の品を貰ってくるハロウィンみたいな行事でした。もはや地元の人間ですら『おっとい嫁じょ』という行事も言葉も知る人は少ないのに「近年まで悪習が根強く残っていた」と大嘘を流した産経新聞の下川耿史――)


・ひえもんとり(死刑囚の肝を奪い合う競技?、里見弴「ひえもんとり」に記述): 作家の里見弴自身は見たわけではなく父親に聞いた話を元ネタに小説を書いただけで真偽不明。小説を史実として扱うのはどうなのよ。 里見の父親が息子を怖がらせようとして「サツマはこんな無茶ぶりをする国でな…」などとフカシこいた可能性も。
(某〇将ジャパンとかいうHPでもひえもんとりを採り上げていて、「里見弴はこの風習に取材して短編『ひえもんとり』を書いています」などと書いてありますが、『ひえもんとり』には「父親が幼少の頃に見たと晩年さらさら語った話が印象深かった、いつかものにしようと永年の題材だった」と書いてあるだけで取材したということは書かれていません。江戸の首切り役人山田浅衛門(内臓を薬として使う例があったこと)とをくっつけて、薩摩のひえもんとりも事実であるような書き方をしてますが、証明はちょっと無理筋気味。薩摩以外でも人間の内臓を薬として活用してたということは言えますね)
死体の埋葬禁止令※とワンセットで、ひえもんとりをするような野蛮な奴らだからこんな非道なことをしたと、旧幕府側に心情が傾いている人・薩長が嫌いな人・会津観光史学系の人たちには言われているようです。
(※2017年、資料で埋葬禁止令は嘘だったことが分かりました)

人の野蛮さをどうこう言う前に、東北では人肉を食べてたんじゃ?とか言われたらどうすんの。 
『大江戸残酷物語』とかも読んでみましょう。

・えのころ飯(犬の腹にご飯を詰めて食べる、大田南畝『一話一言補遺』に記述): 大田南畝も薩摩に行ったことはなく伝聞を記録。一つ前に記事で採りあげたネタですが、生類憐みの令が出るまでは江戸でも犬を食べてたようですから、自分たちの過去を棚に上げて相手を非難してるだけだよなあ・・。  
大田南畝の記述もどこまで本当か分かりません。犬なんて常食せずとも豚を食べてたわけですし(江戸の薩摩藩邸からは豚の骨などは出てきています)
個人的には仮に犬を食べてたとしてもいいんですよ。そんな食文化があったんだな・・ぐらいです。

・薩摩は男尊女卑の地: 男が表に出るという意味ではそうなのかもしれませんが、図書館で書籍(『薩藩女性史』『さつまおごじょ』等)を確認すると単純に男が威張ってて女性が虐げられてたというわけではなく、それだけのことを女性が男性に求めてたという感じだったようです。
普段は男を持ち上げておき(てのひらで転がしておき)、戦があった場合、「家は私が守ってるからさっさと戦いに行って死んできなさい!」と男の尻を蹴っ飛ばすようなそんな感じ。薩摩の女性はしたたかで強い存在だったわけです。

・薩摩は遅れた未開の地: 現代では本土最南端で田舎ですけど、実は戦国時代から海洋国家で海外の情報が入ってきやすかった地域。徳川が薩摩をつぶせなかったのはここらにも理由。
(※剣術流派:影流が中国に伝わったのも、海洋国家だった島津が関係しています)

・示現流は初太刀を外せば弱い: そもそも一撃必殺というのが後世の創作。技術として普通に連続します。形式として直勁なので横への対応が咄嗟に出来ないというのが本当のとこ。

・今の日本が酷いのは薩長がクーデターを起こして明治政府を作ったせい: しらんがな。昭和に入るぐらいで薩長閥の影響はほとんど無くなっていたといいます。薩長の人間を見返してやろうと薩長以外の出身者が頑張ったんですよね。

・薩摩では男同士のBLが普通だったんだろ?: 普通かどうかは知りませんがBLはあったらしい。(結婚前)女と顔を合わせただけで仲間から色々言われるような雰囲気だったという記述は目にしたことがあります。尚武の気風が残っていた地ですし、また新撰組内でもそういうがあったとも言いますから、殺伐とした状態に置かれると男同士に走る人が増えるものなのかもしれません。
人間として男が男に惚れるというのは分かりますが、性の対象が男というのは婦女子がキャッキャウフフ妄想するBLネタだと分かっていてもあまり考えたくないです。

以上、ほんと根拠が怪しい昔の出来事を現代の価値基準で裁き、それを現代の人間にあてはめ侮蔑してることが多いですね。
どこかの国民の思考方法そっくり。

コメント

No title

うちの地域(事件のあった隣の市)でも伝統行事のおっとい嫁じょをやってました
旧正月ごろ子供達が棒切れ持って新婚夫婦の家に行き、決められたセリフを言い合って
食べ物とか土産の品を貰ってくるハロウィンみたいな行事でした
もはや地元の人間ですら『おっとい嫁じょ』という行事も言葉も知る人は少ないのに
「近年まで悪習が根強く残っていた」と大嘘を流した産経新聞の下川耿史は地獄に落ちろ

2018/01/15 (Mon) 23:06 | 先祖代々地元民 #- | URL | 編集
Re:

先祖代々地元民様、コメントありがとうございます。

詳細が分からなかったのですが、ある意味新婚さんをお祝い&幸せのおすそ分けをもらってくる行事だったんですね。
間違った情報を広めてる人たちはほんと腹立たしいです。

2018/01/16 (Tue) 22:22 | えくはる #cuf.D7pk | URL | 編集

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